中学一年の三学期から不登校が始まった私の波のある学生時代の話②奈良県 奈良市  鹿ノ台南 不登校学習塾 個別指導

個別指導塾

Dr,RISE 奈良県 奈良市 鹿ノ台南 折戸です。

こんにちは!今回は前回話さしていただいた通り、 私の初めての不登校の原因になった話をしていこうと思います。 初めに説明させていただいた通り、中学一年生の三学期までは みんなと変わらず毎日学校に通っていました 。              初めての事ばかりで、クラスのみんな行事がある度に            ウキウキわくわくしていました。                     

そんな中の一年生の最後のイベントになる合唱コンクールが         不登校になる原因にでした。

私は、小学校の頃の指揮者経験から推薦され指揮者になりました。      元々人前で仕切ることより、陰で支えることを得意とし           縁の下の力持ちとしてやってきました。                  なので私にとっては、重圧だったのかもしれません。            それでも私は、責任感だけはあったので                  みんなをまとめなきゃと努力をしていました。               

けれど、私たちは一年生。合唱コンクールが楽しみで、           みんなウキウキわくわくして静かになることはありませんでした。  

そんな時でした。音楽の先生がみんなの前で私のおしりを          たたいて怒ったのです。「ガヤガヤうるさいのは、あなたのせいよ。     早くまとめなさいよ。勝てなかったらあなたのせいよ。           さっさとやりなさいよ。」と言われました。                

私は、私なりに頑張っていたのに私だけが強く責められました。       その時は、ほんとに泣きそうになり帰りたくなりました。

その後、みんなも怒られたくないからか誰も私の心配はしてくれず      本番まで行ったのでした。その間の、一か月くらいの練習は         嫌で嫌で仕方なかった事を覚えています。                 

ずっと怒られるのは、すべて私でした。                  今思うと先生に嫌われていたのかもしれません。 

そして本番の日、緊張からか声も指揮もピアノもずれずれの失敗で      終わったのです。勝つことができないと分かった時、            目に入った音楽の先生の顔。                       そして、言われた「あなたのせい」がよぎり心が苦しくなり         音楽の先生、クラスのみんなに会いたくなくなったのです。

このことがきっかけとなり、初めての不登校が始まりました。        当時は、泣いて泣いて過ごしていました。                 自分がこんなにも弱いと初めて知りました。                このころは、親にも体調が悪いとだけ言い学校に行かない理由を       言いませんでした。

私の心が、もう少し強ければ不登校になってなかったかもしれません。

ですが、ある人の言葉で不登校から復活して                また毎日通い始めることになります。

次回の投稿では、不登校からの復活した出来事を話せたらなと思います。

こういう経験もあるんだなくらいの気持ちで読んでください。

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