中学後期から不登校、のちに定時制の高校と通信制に通った人のその時の気持ち。part1 奈良県 奈良市 萩原町 不登校学習塾 個別指導

個別指導塾

Dr,RISE 

奈良県 奈良市 萩原町

田中です。

初めまして。

私は中学2年生の後期から不登校になりました。

高校は定時制に入りましたが、単位が足りず、3年で卒業することができませんでした。

一緒に通っていた友達は卒業してしまって一人で通うのが大変だったため、のちに通信制に切り替え、2年かけて卒業することができました。

今はそんな私も22歳になり、0歳児の育児と専業主婦をしています。

学がない分自己肯定感は低いし、正直今まで楽をして生きてきましたから、今になって普通の生活をするだけでも自分にとって大変に感じたり苦労することが多いです。

そんな私の人生でも今は前を向いて家族で楽しく過ごしています。

どうして学生の頃大きな反抗期を迎え、まっとうに生きることができなかったのか。心の中になにを抱えていたのか。どうやって抜け出したのか。当時の気持ちを思い出しつつ今思うことをお話ししていこうと思います。

うまく伝えれるかわからないのですが、ご興味ある方は立ち寄っていただいて、誰かの為になれたらとっても幸いです。

私は小学生から中学校1年生くらいまでは少し負けず嫌いなごくごく普通の女の子でした。毎日学校に通って、塾に通って、部活に入って、当たり前のように学校生活を送っていました。

ただ小学校高学年に入ったころあたりから私にはどんどん大きくなっていく悩みがありました。私は漏斗胸という病気で、右胸が凹んでいる病気です。未だに綺麗に治っておらず、気にしていますが、当時は思春期の頃で特に気になる時期でした。

周りにどう見られてるかを意識していくような時期でもあり、私は恋盛んな時期でした。

『もし好きな人と付き合って、私の病気のことをどこかで知られたら絶対嫌われる。』『これを誰かに知られたらみんなに広められる。白い目で見られる。』と思っていました。

プールの授業なんて最悪でした。ほとんど仮病を使って見学していた気がします。年齢を重ねて胸の発達が進むにつれ、どんどん自分の体が醜く感じ、自信を失くし、自分のことが大嫌いになっていきました。

人間誰しも悩みはあるっていうし、辛いのは君だけじゃない。とかって、よく困ってる人に言う、ああいう言葉が大嫌いでした。

そんな漠然とした話をされても子供ってわからないことが多いと思うんですよね。言ってる意味はわかるけど、それで素直になれる子もいれば、なれない子もいると思います。

みんな良いなあ。私の悩みって誰に話したって共感してくれる人もいなければ理解してくれる人もいないんだろうなあ。

体系がぽっちゃりだったり、細すぎたり、足が短かったりニキビがすごかったり、そんな悩み、私にとっては全然かわいいものだよ。

毎晩しょっちゅう泣いていた気がします。恋をしてうまくいってもこの体のせいで自信が持てず、普段は見える範囲じゃないのに人目を気にしてばかりでした。今思うとあの頃の自分は毎日気疲れが尋常じゃなかった気がします。生きるってなんでこんなにつらいの?

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